目次
病棟でよくある会話
「トイレに一人で行きたいって言われてますけど・・・」
「あの患者さん夜に一人で歩いてますが・・・」
「今日入院の患者さん、・・・」
『歩行自立できますか?』
一度は聞かれたことがあると思います。そして、困る案件もあったと思います。
この記事では、そんな時の転倒予防の考え方や普段どんなトレーニングをすれば転倒予防の精度が上がるのかをお伝えします。いつもバランス評価を実施し、それだけで判断してはいませんか?より評価を深めるきっかけにしてもらえれば嬉しいです。
まずお伝えするのは、転倒予防において正解というものは厳密にはありません。
転倒しないことが良しとされていますが、患者さんの可能性を潰さないことも大切です。
転倒予防は技術でもただの知識でもありません。必要なのは・・・
まず始めること
まず最初に考えることは、転倒予防のリスクに関わるパーツを集めることです。
このパーツをたくさん集めて、組み立てて、考え得る最善の策を提案します。
ひとつひとつのパーツは難しいものではありません。以下に例をあげます。
- 転倒歴
- バランス障害
- 筋力低下
- 視力障害
- 薬剤
- 歩行障害
- うつ
- めまい、または起立性低血圧
- 機能的制限、ADL障害
- 年齢
- 低BMI
- 失禁
- 認知機能障害
- 関節炎
- 糖尿病
- 疼痛 など
以上、転倒に関するパーツを上げました。
これらのパーツを利用し、思考を整理することで転倒予防の対策を考えることがスムースにできるようになっていきます。
では、転倒予防の思考を整理するためのトレーニングを紹介します。
思考整理トレーニング
①.パーツごとに考える
まずは、評価すべき各パーツと転倒との関連について考えます。
転倒歴
過去にどんな転倒をしていたかを把握することは、再発防止のために重要です。どんな時に?どんな場所で?どんな状況で?その後何か対策をしたか?など出来るだけ具体的に評価していきます。
バランス障害
BergBalanceScaleなどバランス評価ツールを用いるのが一般的です。この検査の点数がカットオフ値と比べてどうか?そして、実際に評価している時にどんなところでフラツキが起こりやすいのか、そこまで細かく評価していきます。
筋力低下
上肢・下肢に関して、MMTや徒手筋力計を用いて評価します。上肢筋力は、歩行補助具を使用する時の参考に、下肢は膝折れやフラツキなど歩行に影響を与えるほどの筋力低下があるかどうかを評価します。
視力障害
緑内障や白内障、視力低下や視野障害の有無を評価します。視覚は、周囲の環境を把握する際ににとても重要な機能です。視力低下により見えにくいのか?視野障害により見えにくいのか?色のコントラストの影響で見えにくいのか?など、見える距離と見える範囲が何の影響で低下しているのかを評価します。
薬剤
一般的には、5剤以上を服用していると転倒リスクは上がるとされています。その他、睡眠剤(特にベンゾジアゼピン系)の服用の有無は重要です。睡眠剤には、脱力作用があるものがあります。高齢者では朝方まで薬効が残っていることも多く、夜間・早朝のトイレ時の転倒につながることも珍しくありません。また、副作用としてフラツキが明記されているものや、血圧降下剤による低血圧なども注意が必要です。
歩行障害
異常歩行による跛行の有無や、歩行速度などを評価します。歩行速度は転倒とも関連があります。秒速0.8m以下は転倒リスクが高いと言われています。
うつ
うつの有無は転倒リスクとして影響します。また、抗精神薬のなかには副作用にパーキンソン症状が出現するものもあり転倒に直結する場合もあります。
めまい、または起立性低血圧
めまいや起立性低血圧の有無を評価します。特に起床時や起立時に起こりやすい症状ですが、どんな状況で起こりやすいかを実際には聴取します。そして、原因の特定が可能ならそれも合わせて把握しましょう。
機能的制限、ADL障害
筋力以外での制限も把握しましょう。関節可動域制限や感覚障害など身体機能面での評価をします。ADL上どんな所に見守りや介助、補助具が必要かも把握が必須です。
年齢
高齢になるほど転倒リスクは高くなることが多いです。老年症候群は、加齢に伴い高齢者に多くみられる医師の診察や介護・看護を必要とする症状・徴候の総称といわれ、この中に転倒も含まれています。
低BMI
低栄養状態の有無を評価します。栄養は、様々な機能と関連があり機能低下に結びつきやすいものでもあります。食事の状況や、それが改善可能な状況なのかなどを聴取しパーツのひとつとして把握しましょう。
失禁
排泄に困難さを生じる場合、心理的に急いでトイレに向かおうとし転倒につながるケースもあります。また、中には自己にてパット交換や処理している際に転倒するケースもあります。その他、失禁を避けようと頻回にトイレに行くことで、夜間の頻回な覚醒とトイレ動作が増え転倒のリスクも増大させることになります。
認知機能障害
社会的にも認知症は問題となっていますが、転倒にも非常に大きく関わりがあります。一番の原因は、重症化するとリスク認識・リスク管理が自己にて困難となってくること。身体機能と行動の安全性が一致せず無理な動きとなって転倒となるケースは多く経験します。また、認知機能低下と歩行速度低下も関係があるとされ転倒リスク増大の一因となります。
関節炎
関節の炎症にともなう疼痛により、筋出力の低下やフラツキにつながり転倒に至ることがあります。また、疼痛が慢性化することで活動量の低下を生じ、それが原因で廃用性変化が起こり筋力低下を助長してしまいます。原因の疾患が明確の場合は、その原疾患の治療が必須です。
糖尿病
糖尿病に関しては、合併症の把握が重要です。三大合併症と言われる「網膜症」「腎症」「神経障害」では、視覚や感覚障害・筋力低下の面から転倒リスクを増大させます。血糖コントロールが出来ているか?糖尿病に関しての治療コンプライアンスはどうか?など、糖尿病を自身でコントロールしているかどうかも評価として大切です。
疼痛
疼痛の原因は様々ありますが、急性疼痛により転倒に至るケースがあります。また、関節炎の所でも述べたように慢性疼痛から活動量の低下を引き起こす可能性もあります。疼痛は、薬剤などでコントロールできるものなのか?原因は取り除けるものなのか?など疼痛自体を深掘ることが重要です。
②.パーツを組み合わせて考える
実際に病棟で考える場合、まずは出来るだけ多くのパーツを集めます。すべての項目という訳にはいかないかもしれません。しかし、思考を整理するトレーニングとして出来るだけ多くの項目を考え、繰り返すことでスムースな思考が形成されます。
実際に、私が経験した症例を例にあげて考えてみます。
一般病棟 40代男性 失調症状が主症状
まずはパーツを集めます。
・転倒歴:なし
・バランス障害:BergBalanceScale32点
(56点満点・カットオフ値46点)
・筋力低下:上下肢ともに筋力低下なし
・視力障害:時に複視の訴えあり
・薬剤:5剤以下 睡眠剤の服用なし
・歩行障害:失調性の歩行 独歩では著明
・うつ:なし
・めまい、または起立性低血圧:なし
・機能的制限:体幹失調症状あり
上下肢軽度
・年齢:中年男性
・低BMI:なし 肥満体形
・認知機能障害:なし
・関節炎・疼痛:なし
・失禁:なし
・糖尿病:あり 合併症の出現なし
治療のコンプライアンス良好
・その他:他部門情報より危険行動なし
【思考を整理しアセスメントを行います】
独歩は、バランス能力低下や失調症状の面からリスクが高く自立は困難。しかし、筋力低下はなく、認知機能障害もないため歩行補助具の使用は可能で代償手段として検討できそう。今回は、馬蹄型歩行器を検討。実際に使用してみると平地歩行であれば自立は可能そう。しかし、坂道は失調症状の影響を受け転倒リスクが高い。トイレに関しても、実際に動作練習にて確認を実施。各パーツよりトイレ動作の障害になりそうなものは失調症状と複視。複視は自覚あり、認知機能の面から自己にてコントロールが可能。失調症状は、トイレ内の手すり把持にて安定して行えていた。
【思考を整理した結果】
馬蹄型歩行器にて平地歩行およびトイレ動作は自立、坂道は禁止とした。
この症例では、自立後も転倒はなく退院まで安全に過ごせました。多くの場合、失調症状は自立にすることが困難なケースが多いと思います。今回の症例でもバランス検査のみで判断すれば、歩行自立の検討にも至らない結果でした。しかし、各パーツを用いることで部分的にではありますが歩行自立の検討が可能でした。
反復したトレーニング
スムースに思考を整理するためには、各対象者についてパーツをできるだけ集め、それをもとに考えていくことをひたすら繰り返すことが重要です。バランス評価のみで終わってしまっては、知らないうちに可能性を潰してしまうこともあります。
少しずつ考えることを習慣にして転倒予防のための【思考の整理法】を身に付けましょう!